老齢基礎年金と老齢厚生年金は老後の所得保障の最も基本かつ中核となるものであり、生活設計をする上でも中心的な位置づけとなるものです。老齢年金について生活設計を検討する際には、年金額と支給開始年齢をどう考えるかが重要になります。今では60歳代前半の就業率は70%を超えており、50歳代から切れ目なく就業を継続している方も多いですが、ここでは一応60歳で区切りとした後の60歳代前半の年金のとらえ方を説明します。
なお、65歳以降の期間においては、老齢厚生年金と遺族厚生年金を同時に受けることができますが、ここでは老齢年金に絞って考えます。
Ⅰ 60歳代前半の制度加入
(1)60歳代前半の制度加入と年金額
制度に加入することにより、それに応じて年金額が増えますので、その考え方を説明します。なお、ここ
で言う年金額とはそれを計算する際の額を意味しており、実際には支給決定時との隔たりや制度加入、物価
水準の変動等によって受ける額が変わります。
①厚生年金加入期間
厚生年金に加入している期間のうち老齢基礎年金の支給額に反映されるのは60歳到達前の期間に限られる
ため、 60歳到達以後の厚生年金加入期間は老齢基礎年金の額には反映されません。厚生年金の額のみが増
えます。ここでは報酬比例部分のみ受け取れる方について説明します。(44年以上厚生年金に加入している方
や障害等級に該当する程度の障害の状態にある方等の場合は定額部分を受けることができる場合がありま
す。)
(増額のイメージ)
老齢厚生年金額は、加入期間と報酬に比例する算出方法となっています。
加入したことによる増額分の計算は、
その期間の平均標準報酬額×5.481÷1,000×加入月数となります。
※この平均標準報酬額は、
平均標準報酬額=(加入各月の標準報酬月額+期間中の標準賞与額 (注))の総額)÷加入月数
で計算されます。(注)これらの額に再評価率というものを乗じま す。
なお、このほかに経過的加算というものがあり、加入月数に1,734円 を乗じた額が加算されます。(厚生
年金の加入期間月数の合計が480月に達するまで)
②それ以外の期間
厚生年金に加入していない方の場合は、65歳に到達するまでの期間 国民年金の任意加入により基礎年金の
額を増やすことができます。加入限度期間は、保険料納付済期間等の期間(免除期間については定められた
計算式により算出します。)を合算して480月に達するまでです。
(増額のイメージ)
831,700円×加入月数÷480
このように、60歳代前半期の年金加入期間に対しては、基礎年金か厚 生年金のいずれか一つが増額になる仕組みとなっています。
(2)60歳代後半の制度加入と年金額
①厚生年金加入期間
厚生年金に加入している場合は、60歳代前半と同様です。なお、老 齢厚生年金は65歳到達で受給権が
発生し、そこで年金額が決定されますが、それ以降の加入期間がある場合は、額改定(年1回の在職定時改
定及び退職改定)により増額していきます。(老齢年金の受給権がある方であれば加入可能期間は70歳到達
までです。)
②それ以外の場合
65歳以降に年金制度に加入できるのは保険料納付済期間と保険料免 除期間等を合算して10年に満たない
場合のみです。(国民年金に特例任意加入できる制度があります。)
Ⅱ 受給開始の時期
老齢年金は受給資格期間を満たせば法律で定められた年齢到達により受給権が発生しますが、60歳到達以降に申出により受給開始を前倒しする繰上げ受給と66歳到達以降に申出により受給開始を遅らせる繰下げ受給という方法を選択することができます。(制度上は「支給の繰上げ、繰下げ」と言います。)
(1)繰上げ受給
繰上げ受給とは、制度上予定されている受給権が発生する時期より前の時期に決定を受け受給を開始することを言います。このため、特に老齢基礎年金については、本来であれば65歳到達まで可能であったことの中に申出以降はできなくなるものがあります(国民年金の任意加入、寡婦年金の受給等)。老齢厚生年金については繰上げ受給開始後も厚生年金に加入することは可能です。
繰上げ受給を選択する場合は、基礎年金と厚生年金いずれも同じ時期に申出をすることが必要です。
①基礎年金のみ、または基礎年金及び厚生年金が65歳から受給権発生する場合
年金額全額に対して繰上げ期間(65歳より前の期間)に応じて割り引かれた額の年金額が生涯支給されま
す。
割引率は1962年4月1日以前生まれの場合0.5%(/月)、1962年4月2日以降生まれの場合は0.4%
(/月)です。(以下②、③も同じです。)
(例)1963年4月生まれの男子が2025年10月に繰上げ受給を申し出た場合
厚生年金の受給権がある場合も受給権発生は2028年4月です。
(30か月繰上げ、繰上げ減額率は0.4×30=12%)
支給額はその時点での加入期間に応じた年金額×0.88
②基礎年金と報酬比例部分の厚生年金(60歳代前半から支給開始)が発生する場合
ア 報酬比例部分の老齢厚生年金の支給開始年齢(65歳前の年齢。生年月日により決まっています。)前に繰上げ
申出した場合
基礎年金、厚生年金とも全額に対して繰上げ期間(65歳より前の期間) に応じて割り引かれた額の年金額が
生涯支給されます。
(例)1963年4月生まれの女子が2025年10月に繰上げ受給を申し出た場合
・厚生年金
報酬比例部分の受給権は2026年4月に発生します。
(6か月繰上げ、繰上げ減額率は0.4×6=2.4%)
支給額はその時点での加入期間に応じた年金額×0.976
・基礎年金
65歳到達の2028年4月に受給権が発生します。
(30か月繰上げ、繰上げ減額率は0.4×30=12%)
支給額はその時点での加入期間に応じた年金額×0.88
イ 老齢厚生年金の支給開始年齢以後65歳到達前に繰上げ申出した場合
基礎年金のみその全額に対して繰上げ期間(65歳より前の期間)に応じて割り引かれた額の年金額が
生涯支給されます。老齢厚生年金は繰上げになりませんので、減額はありません。
③基礎年金及び定額部分と報酬比例部分の老齢厚生年金が発生する場合
・厚生年金に44年以上加入した方
・障害等級3級以上の障害を有する方
・船員・坑内員期間があった方
については、報酬比例部分と同時に定額部分の老齢厚生年金が発生す る場合があります。
この場合、
ア 老齢厚生年金の支給開始年齢(65歳前の年齢。生年月日により決まっ ています。)前に繰上げ申出した場合
基礎年金の一部と厚生年金の報酬比例部分の全部が繰上げ期間に応 じて割り引かれた額で生涯支給されま
す。定額部分(65歳まで支給されます。)は、繰り上げしない場合とで65歳までの受給総額は変わりませ
ん。
イ 老齢厚生年金の支給開始年齢以後65歳到達までに繰上げ申出した場合
老齢基礎年金のみその全額に対して繰上げ期間(65歳より前の期 間)に応じて割り引かれた額の年金額が
生涯支給されます。老齢厚生年金は繰上げになりませんので減額はありませんが、65歳到達まで支給される
定額部分は、繰上げ支給される基礎年金と二重支給関係になるため、支給が停止されます。
繰下げ受給については、次回続けて取り上げたいと思います。